ふるいものがたり

いらっしゃいませ。 このサイトには『ファイナルファンタジータクティクス』の二次創作小説があります。

せいさん(01)

洪水のごとく押し寄せてきた、『過去からの鎖』に一人の女は押し流されていった。

自らの姓名を思い出し、“自らを確定”した女は“自らの過去”によって、自らの姿と向きあったのである。

『大きすぎる罪の意識』に支配された彼女にかつての面影はどこにも認められず、そこにあるのはただの肉のかたまりだった。

肉のかたまりと化した彼女は夢の中を歩くかのようにふらふらと町から出てゆき、一直線に進み続けた。

……どれほど歩いたのか、分からない。

疲れないのは、足の感覚が希薄だからだ。

……夜となり、朝がきて、昼となった。

ひたすらに歩いた彼女は、波の音に気付いた。

潮のにおいにも、気付いた。

天気はよかった。

青い空が広がっている。

ザザーン、ザザーン、と波の音が聞こえる。

崖の上には草木があって、濃緑色の葉を静かにゆらす木が何本も立っている。

その木と木の間から女は出てきた。

暗すぎる瞳の女はふらふらと歩いてきて、崖から下の海岸を見つめた。

崖の直下にいくつもの岩があり、それに波しぶきがふりかかって黒い岩はてらてらと濡れている。

…………。

こんなかたちで……報いを受ける、だなんて…。

…どうして。

どうして……こんなことに…なってしまったのだろう…。

……忘れていたかった。

忘れていたならば…どれほどに気が楽だったことか。

自分の名前を忘れていたなら…。

自分の生まれと育ちを忘れていたなら…。

知り合った人々を忘れていたなら…。

言葉を忘れていたなら…。

男か女かを忘れていたなら…。

この肉体を忘れていたなら…。

思い出を忘れていたなら…。

イヴァリースのことを忘れていたなら…。

国も歴史も忘れていたなら…。

取得した技術を忘れていたなら…。

文字を読むのを忘れていたなら…。

手足の使い方、目や耳や口や鼻の使い方を忘れていたなら…。

心を忘れていたなら…。

大切なものを忘れていたなら…。

大好きな人を忘れていたなら…。

大嫌いな出来事を忘れていたなら…。

これまでやってきたことすべてを忘れていたなら…。

記憶そのものを忘れていたなら…。

忘れていたなら、忘れていたなら、忘れていたなら、忘れていたなら、忘れていたなら……わたしは苦しむことなく、憂いに襲われることもなく、やり直せたように思う。

生まれ変わって…別の一生を過ごせたことだろう。

人間ではなくとも…かまわない。

鳥でも魚でも虫でもモンスターの類であっても…いい……。

もう一度、生き直そうとしたであろう。