両手に一本ずつ、直刀を握りしめた女は異様な目付きをしている。
その女に出会った者たちは誰もが怯えた。
王都の西側から中央部まで急いだ女は脚がもつれて転倒してしまった。
女は「どうしてこんなに足が疲れているのかしら?」と考えて、目前に転がった二振りの忍者刀を左右の腰の鞘へと収めた。
女は片脚を軸にして立つや、片方の脚をひきずっていることに気付いた。
…こういう場合は…白魔法。
「清らかなる生命の風よ、失いし力とならん! ケアル!」
女は詠唱し、自身の肉体の治癒を行った。
うん…痛くない。
これで…また…歩ける。
ふふふふふ。
口元に笑みを浮かべた女の一挙手一投足(いっきょしゅいっとうそく)を遠巻きに見守っていた人々は顔を見合わせた。
…ただの狂人、というわけではない。
あれは……危険人物、なのだ。
今…魔法を自分に使った、ということは…離れていても…攻撃が可能、ということだ。
……逃げよう。
あの人に関わっては、いけない。
女を見つめていた者たちは恐怖に駆られて走り去っていった。
女は先ほどよりも速度を落として、宮殿を目指した。
色あせて、外壁にひびがいくつも入っている宮殿はどんどん近くなってくる。
……王は国なり。
だから…壊れてしまった国の主には、死がふさわしい。
王だけではない。
その妃も、死ぬがいい。
神聖なるわたしが、愚かな王族へ正義の裁きを与えなければ。
栄光ある、死を与えてやらなければ。
わたしの他に誰がやるというのか。
ほかの何よりも優れた知識を有するわたしには、その権利があるッ。
ふふふふふふ。
……わたしと同じようにしてあげる。
ふふふふふ。
…わたしと同じようにしてあげる。
ふふふ。
みんな、わたしみたいに壊してあげる。
ふふ。
みんな、同じに…。
自らを保つために他のものを傷つけ、他から何かを奪い取っては破壊し、一時的な快楽を求める、というのが人の本性・本質なんだもの。
誰が「それは違う」なんて、言えるのかしら?
あなたが食べているものやギルは、どうやって入手したの?
ふふふ。
そういう仕組みなんだから、仕方ない…と、それらしい言い訳をして、常時逃げているだけなのに、人ってその内側で作られた思い込みだけはひたすらに立派よね。
ふふふふ。
わたしは、わたしを保つために、あれを壊したいの。
ふふふふふふふふふふふふふふふ。
恍惚(こうこつ)の境地へいたっていた女は、見覚えのある華麗な造りの門が見えてきたため、冷水を浴びせられたかのような表情になった。
女は…その門を覚えていた。
厳密に述べるならば、女はこの門により囲まれた城へ出入りしていた。
女は居ても立っても居られなくなり、門の方向に足を向けた。
疎遠となっていた子が親のいる所へ戻っていくようであった。
ただし…女が記憶している城はすでに門の内側に存在してはいなかった。