「これが……わたしの…望んだ、世界だったの………」
居酒屋の店長から、イヴァリース国が危機的状況に陥っている、と教えられた女は飲み物が入っていた器を見つめていた。
………じわじわと激しい憎しみがわきあがってきた女は、自分にとって苦しみを生じさせる情報を一方的に伝えてきた店長を殺してしまおうか、と考えた。
…隣で皿を磨いている店長の妻も同罪だ。
よし…夫婦まとめて、殺害してしまおう。
女がギラギラしている目をふせて腰から忍者刀を抜こうとするや、「いらっしゃいませ!!」と店長は声を上げた。
「あら、今日も来てくれたのですか?ありがとうございます」店長の妻も明るい声を出した。
女が振り向くと、「へへへっ。来ちゃったよ〜」と常連客らしい年配の男性は楽しそうに笑っている。
赤い鼻をした年配の男性の顔がさらに女の神経を逆撫でた。
なにを…あんな、楽しそうに笑って…いるの!?
わたしなんて…これまでの人生で…幸せだったことなんて…一度も、なかったのに!!
「いつものですか?」
「うん。そうしよっかな」
「はーい、ただいま」
店長と客と店長の妻はにこやかに会話をして、それぞれが動き出した。
客はイスへ座って、夫婦は酒とつまみを用意している。
両手の拳がぶるぶる震える女は、『人を愛しているわけではない!』と自らへ繰り返し言い聞かせた。
50回ほど、この言葉を自らの内部で響かせた女は静かにイスを立って、居酒屋から出ていった。
この時、店長やその妻が女へ話しかけたとしたら、すぐに女は入店してきたばかりの客も含め、全員を斬殺していたことだろう。
居酒屋から出た女は「自分に難癖をつけてくる人はいないかしら…」と考えていた。
誰であろうと、ずたずたに裂いてやりたかったのである。
女は自分を突き倒して何かを奪い取ろうとする者か、向こう側からぶつかってきて「おう、テメェ、どこに目ぇ付けてんだ?コラぁッ!?」などと、からんでくる者の出現を心待ちにした。
しかし………このような時に限って誰からも相手にされず、女は炭鉱都市ゴルランドの北端まで来てしまった。
怒りや恨みは歩くにつれて徐々に緩和されていったものの、女の心底には大きい大きい虚無感が広がっていった。
…………。
「……お兄ちゃん」女は独り言をつぶやいた。
……?
…?
…おにい、ちゃん…!?
…そうだ。
………。
そう、そうなんだ…。
わたしには……お兄ちゃんが……。
いたんだった……。
お兄ちゃんの……名前…何だったかな……。
………アル、アルフレッド、だ。
……忘れていたなんて。
大好きな……お兄ちゃんの名前を……。
……どうして、忘れていたの?
……最低だよ。